阿部先生と出会ったのは、小学2年生の秋でした。
3歳からピアノを習い始めたものの、何人かの先生の下を転々としてきた当時の私には、音楽を美しく奏でるという感覚はなく、ピアノは、ただ呆然と指を動かして、楽譜に書いてある音を押していくだけのものでした。
そんな中、阿部先生には、時には厳しく、音とはどう聴くものか、音楽とはどういうものか、ピアノとはどう弾くものかを、ゼロから教えていただきました。
それまで私が受けていたレッスンは、おそらく多くのピアノ教室がそうであるように、「粒を揃えて」「もっと美しく」などの抽象的な指摘ばかりで、具体的に何をすればそうできるのかは、教えてはくださいませんでした。
それは、その作品が作られた時代や作曲家によって大きく異なるものですし、全身の関節や筋肉の、細かい感覚の組み合わせでできるもので、「どこをどう使えば歩けるか」を他人に説明するのと同じくらい、大変なことです。
しかし阿部先生はそれを、ピアノという楽器の構造や、音が鳴るメカニズムと絡めながら、極めて合理的に、わかりやすく説明してくださいます。
クラシック音楽の演奏では、常に美的感覚を研ぎ澄ましている必要がありますが、同時に、冷静で論理的な分析も必要となります。
特にピアノ・ソロの場合、すべての音を一人で演奏するため、オーケストラの団員全員であると共に、音楽全体を俯瞰的に見ながら導く、指揮者でもなければなりません。
その指揮者の冷静な視点を忘れると、演奏者は曲に埋もれ、音楽は取り止めがなくなってしまいます。
ピアノは、弾く人が悲しい気持ちになれば悲しい音が出てくれるわけではなく、演奏者が何も考えずに弾けば、自然な流れの音楽になるわけでもありません。
私たちは常に、聴く人にそう感じてもらえるように、音楽を作り上げ、仕向ける必要があります。
これも、先生が教えてくださった、数々の大切なことの内のひとつです。
また、音楽以外のところでも、大変お世話になっており、私が人間として成長するための、本当にたくさんのことを教えてくださいます。
阿部先生のレッスンで教えていただくことは、先生が長い年月をかけて編み出され、今も探求を続けていらっしゃる素晴らしいピアニズムであり、宝物のような知識です。
それを教えていただき、実現できたとき、音色も音楽も、芯と奥行きと臨場感と深みのある、別物になります。
私はその瞬間いつも、音楽の悦びを、心の底から感じているのです。


